2020年8月8日土曜日

猛暑日のイアコン故障

今年の梅雨明けは8月初目まで続き、その間例年になく低温の日が多く、イアコンの使う日が殆どなかった。

それまで蝉の声もあまり聞こえず、8月4日待ちに待った梅雨明けと同時に、今度は36℃越の猛暑日が続き、約30年以上も使用している二階仕事部屋の超骨董品イアコンをつけた所、いつまで経っても扇風機の様な風に、急に鳴き出した蝉の声が一段を暑さを感じさせられる。 
仕事場の夜
散らかっていても何となく落ち着く仕事部屋
リモコンのスイッチをあれこれ押しても全く反応がなく、そんなに働いてくれたので壊れても不思議はないのに、感謝の気持ちも忘れ何でこんな暑い日に故障と一人激怒。
長い間頑張ってくれたイアコン
考えてみれば以前から壊れていたようで、気が付くのは実際必要とした時には既に遅し。

早速購入手続きをするも入荷取り付けは直近で8月半ば過ぎとか!!。もしかしてその頃は涼しくなったりして?

2020年7月18日土曜日

鬼あざみ

例年になく梅雨が長引き、何ともスッキリとしない毎日が続いている中、我が家の庭に雑草の如き咲く【鬼あざみ】が雨空に香りを漂わせています。

この鬼あざみを愛(め)でるたび思い出すのは、農家の長男坊であった私(小学6年生の頃)は家畜(乳牛)の餌を朝露を踏みしめながら草刈りに出かけ、餌の草に紛れないように手で払い除けると、その【とげ】が手に刺さり辛かった事。

今、そんな事を妻に話すと、彼女は小さい頃、薄紫のあざみの模様が入った浴衣と、それに合う帯を作って貰ったことが凄く嬉しかったとか。

生まれも育ちも違っていると、この花に対する思いも異なっているんですね!!

この【あざみの歌】は福島出身の歌手、故伊藤 久男さんの大ヒット曲【イヨマンテの夜】に次ぐヒット曲で、当時電蓄で何度も聞き返した事もあり、今でも懐かしく感じます。

優雅なワルツ(円舞曲)のリズム【あざみの歌】を口ずさみながら、撮り置き写真をご覧下さい。

電蓄(電気蓄音機)
電動機を用いてレコード盤を回転し、ピックアップによってレコード針の振動を電気振動に変換し、それを電気的に増幅して音を再生する蓄音機。

茎の高さは1m程、葉は深く裂け縁(ふち)にあるとげは鋭く、 花期は6~9月頃までで、下向きに数個の花をつけ、花(頭状花序)は筒状花のみで構成されており、花の色は紫色で 総苞は粘る。


最近、何気なく野に咲く名もない花を見つけると、今まで気づかなかった愛しさや可憐さが感じるのはもう歳のせいでしょうか。

妻にこんな話をすると嬉しい事に、それだけ心に余裕が出来たのよと・・・・・・・

これからは今まで拾い集めて来た欲を一づつ捨てながら、廊下(老化)は走らずゆっくりと歩いて行きたいと思う日々です。

2020年7月4日土曜日

ミツバチの危機

先日、NHKのテレビニュースでも報じられていたが、今、ミツバチ(日本ミツバチ・西洋ミツバチ)の危機が深刻化されています。

日本固有の日本ミツバチは特に深刻です。

6年前ある報道がきっかけで日本ミツバチを守る会【ふくしま和蜂会】を数人で立ち上げ、飼育方法や管理方法などの情報交換をしています。

私が日本ミツバチの飼育に挑戦している事を知った知人が、こんな素晴らしい内容を書いたもを下さいました。

ミツバチの研究で知られる【スピヴァク教授】のプレゼンテーションから、纏められたものです。



ハチは世界の農産物の3割以上の生産に関係して、ハチがいなくなるとスーパーに並ぶ野菜や果物の3分の1は消えてしまう。

現象  
ハチ(養蜂)が大量に突然失踪してしまう!!

原因
単一栽培の大規模農家が増えて、その単一作物が一斉に花が咲き、一斉に収穫されてその時期しかハチにとっての食べ物がないと云う事。

仮説  
昔はクローバーやレンゲなどを植えて土地に栄養を与えていたのが、今は化学肥料や除草剤・ 殺虫剤などのが大量に使われ、特に注目される農薬【ネオニコチノイド】で、一般家庭のガーニ ング用から農業用、シロアリ、ゴキブリ駆除、スプレー殺虫剤、新築住宅の化学建材などに多く使 用されていて、この花粉を食べたミツバチは体力を失い、方向感覚を失ったりと、巣に戻れなくなっ て痙攣を起こして死んでしまうのです。

散々食べ物を探しやっとありつけたと思ったら、その食べ物には殺虫剤が盛られていて、食たら食べたで中毒症状になり、そして時には天敵のダニやスズメバチに襲われて、生きて行くのが厳しい状況を作っているのが私達、つまりか「人」なのです。小さなミツバチは私達の未来を映し出す大きな鏡なのです。
送風係のハチ達
日本ミツバチの性格は非常におとなしい。


ハチは受粉をする事で、私達に多くの食の恵みを与えてくれていて、人類との関係を保っている。

ハチは命を繋ぐために全てのタンパク質を花粉から、炭水化物を花の蜜から得ていて、受粉はそんなハチの食事集めの行動の副産物なのです。

こんな状況下、2年前頃から捕獲が非常に困難になり、現在飼育中の会員数は僅かですが、互いに微力ながらも保持出来ればと意欲を燃やしています。



2020年6月13日土曜日

OCS会食会

毎月、第一月曜日にOCS(男のクッキングサークル)の有志が集い、場所を変え親睦を兼ねて会食を開いています。

今回のコロナ騒動で2月から自粛を余儀なくされ、4月に本格四川料理を各々の自宅に出前をお願いして家族で味わうことができました。

昨年5月に開催の折会員の評判が良かったのと、この騒動も収まり始めた6月11日、福島県と山形県の県境(米沢市)に位置する奥羽本線【峠駅】前の高台にある峠の茶屋【江川】での山菜会食でした。

峠駅前広場?
料理は季節に合わせ旬のものを提供してくれるが、名物の【鯉の甘煮】必ず最初に出てきて本当に美味しい。

米沢名物 鯉の甘煮
絶品【鯉の甘煮】
山菜の定番ワラビ
こんな長さ・太さでも筋が全くない
ジダケ
皮を剥いてマヨネーズで
山菜9点盛り
山菜9点小鉢
その他、搗き立ての安倍川餅・煮物・タケノコと牛肉のご飯・味噌汁等など、食べきれずお持ち帰り。

戸張が降り始めた19:00少し前、帰りのホームに。
茶屋(江川)
福島駅からローカル線で28分の峠駅、標高626mと奥羽本線内で最も高く指折りの豪雪地帯で、駅全体がスノーシェルターで覆われていて日中でも薄暗い。

この難所を乗り越えるため【スイッチバック】走行を採用され、今はその線路も外されていて大きなシェルターは残っています。

駅は無人でそのスノーシェルターを出ると急な山肌が迫ってくるそんな山奥にあり、冬場の茶屋は閉鎖されます。

そしてこの駅の名物【力餅】。
力餅
早い時間であればホームの立ち売りで購入出来る。
今は懐かしい立ち売り
遅い時間には少し登ったところに製造元の【最上屋】があり、時間に余裕のある方は途中下車をして購入を(但し、本数が少なく次の列車の時刻に注意)
最上屋

2020年5月2日土曜日

二日連続のゴルフ

コロナ騒動の中、お互い運動不足が続いているこの時期、異なるグールプからのお誘いに断る理由もなく承諾し、お付き合いを頂いた。

4月30日(木)は市内から一番近くにある地方紙、福島民報新聞系列の【福島民報コース】で、濃厚接触を避け食事・風呂を利用せず3名で。
遠くに吾妻連峰が
そして昨日(5月1日)は少し離れた【安達太良カントリー】。

彫刻家【高村光太郎】と智恵子が登ったという鞍石山がある抄でも知られる安達太良山の麓。
残雪の残る安達太良山
若干標高が高いところにあり、多種類の桜が咲き誇っていて、気温も26度と風もなく、鶯も鳴いていて今年一番のゴルフ日和。
八重桜・山桜
私は黄色のボールを使っているので、ラフを超えてしまうとタンポポの花に惑わされ、探すのに苦労しますが、ここはタンポポが少なく助かります。
バーディーチャンス
時間の関係で食事は、間隔を開けてセッテングされたテーブルで済ませ風呂はスルー。

2020年4月29日水曜日

コロナウェルスと四川料理

豪華クルーズ船のたった一人のコロナウェルス感染者から、日本中に蔓延し有名人を含め多数の死者が出てしまった。

未だに猛威を振るって地方にも感染者がどんどん増えてしまい治まる事無く、異例の緊急事態宣言までも発令され、自宅待機を余儀なくされている中、グループでの食事会も出来ない状態。

私達OCS会員(オールド クッキング サークル)は毎月、週の始めに場所を変え、四方山話に花に咲かせながら美味しいお料理を戴いていましたが、この異常事態に2月から自粛していました。

今回、そのメンバーでもある中国四川料理店【石林】のオーナー【日比野氏】にサークルの長がお願いをして、希望するメンバー17名の自宅にオードブル形式で配達して頂きました。

豊橋の【ヤマサちくわ】を夾んだ北京ダック、そしてチリソース・酢豚・等々の豪華料理。
四川料理オードブル
四川料理独特の辛さでも癖になる【陳 建一氏】おなじみの麻婆豆腐。
陳建一直伝の麻婆豆腐
本格酢豚・北京ダック・・・・
酢豚
棒々鶏・青椒肉絲・・・・・
棒々鶏他
午後4時頃に届き、妻は夕げの支度もする必要もなく、上げ膳・据え膳の豪華料理に大満足。

オープン当時からホールの責任者として数年間共にして、【陳建一氏】が月一回応援に駆け付けて開催される料理会の折には、あの難しい中国文字のメニュー【菜譜】を夜なべして筆書きしたものをコピーして、来場者さんにお配りした事が懐かしく感じますね。

又、オープンして間もない頃、友人のマイクロバスをお借りして大学生のアルバイト達を含めスタッフ全員を乗せて、 陳 建一 氏経営の東京赤坂【四川飯店】に出かけ、夜遅く疲れ切って戻った事も今では良い思い出に。

2020年2月26日水曜日

映画【阿弥陀堂だより】

以前、テレビドラマ【優しい時間】で主人公役を演じた寺尾 聰さんの素朴な演技に魅了され、何度も繰り返し見てそれでも飽き足らず、その舞台となった北海道富良野の喫茶【森の時計】を二度も訪れた。





コロナウィルスの感染拡大が騒がれて、仕事上で人数が多く集まる会合・講演・セミナーなどを自粛し、出来るだけ外出を控えてテレビ漬け状態の折、映画【阿弥陀堂だより】に釘づけに。

2002年10月5日公開、長野県飯山の自然豊かなロケーションと寺尾 聰さんの素朴な演技、そして北林 谷栄さんのおばあちゃん役が何と素晴らしい事か。

以前、仕事の関係で長野市から須坂市↔中野市↔飯山市と何度も訪れ、側を流れる千曲川がとても綺麗だった事も思い出される。

あらすじ
東京に住む上田孝夫(寺尾 聰)と美智子(樋口 可南子)の夫婦。孝夫は売れない小説家、美智子(樋口 可南子)は大学病院の有能医師。ある日、美智子は流産をきっかけにパニック障害という心の病にかかってしまう。都会の生活にも仕事にも疲れ切っていた二人は、孝夫の故郷である信州にへ移住することを決心した。二人は移り住んだある村で、村の死者がまつられた阿弥陀堂で暮らしている、おうめ婆さん(北林 谷栄)を始め、様々な人々と出会った。喋ることが出来ない難病を抱える少女・小百合は、おうめが日々思ったことを書き留め、村の広報誌に〝阿弥陀堂だより〟として連載していた。    
               『Yahoo!阿弥陀堂だより』より



水芭蕉の群生地 旧鬼無里村(現在は長野市鬼無里地区)、大好な長野県、又折りをみてその地を訪ねてみます。

2020年2月22日土曜日

2020・2・22(2020年2月22日)

毎日、新型コロナウィルス感染拡大が報じられて、恐怖感を感じています。

雪不足で冬のレジャー施設における深刻な状況から始まり、大型商業施設や飲食店の利用者が激減し、これからの先行きが心配されます。

私達の仕事でも大勢の人達が集まる会合や、食事会など本社から自粛要請があり、本社主催の講習会・講演会も3月末まで全て中止になりました。

そんな2並びの大安吉日の今日、新しい車が納車された。
RV車
約三年使用した車は車検も近づき車検前の代替え。
2018年9月~2020年2月まで使用の E200
我が家初代のメルセデス。
2013年9月~2018年9月まで使用 E250
 
殆ど妻使用。

2020年2月11日火曜日

風の電話

あの東日本大震災後、テレビなどの報道番組で目にし、行ってみたいと思いつつも行かずじまいでした。

今回、映画化もされ妻を誘って観てきました。


風の電話。
太平洋が見える岩手県上閉伊郡大槌町の風景が気に入って移住した庭師の佐々木格氏が、死去した従兄ともう一度話をしたいとの思いから、海辺の高台にある自宅の庭の隅に白色の電話ボックスを設置したことに始まる。2011年3月11日の東日本大震災の際、自宅から見える浪板海岸を襲った津波を目にした佐々木は、生存した被災者が震災で死別した家族への想いを風に乗せて伝えられるようにと敷地を整備し、祈りの像や海岸に向かうベンチを置いて「メモリアルガーデン」を併設した上で開放した。     【フリー百科事典『ウィキペディア』】より

家族同士のお付き合いをさせて頂き、ゴルフをこよなく愛し四人で近隣のゴルフ場は元より、ハワイ・沖縄・台湾等々に出向き、楽しく過ごさせてくれた大切な先輩(ご主人)が4年前の10月食道癌で逝ってしまった。

末期の激しい痛みを和らげたいと郡山から新幹線で福島まで来て、私の通っている伊達市にある病院の【いたみ外来】に通い続け、帰る時は笑顔で手を振って駅に消える姿は忘れる事は出来ない。

生前、最後の一泊家族同士のお出かけは紫陽花の咲き誇る葉桜の5月末【磐梯町慧日寺】。
磐梯町 慧日寺

この写真はゴルフバックに入れてあり、何時も一緒・・・
そこの薬師如来坐像に長々と手を合わせる姿、そして帰りには来年の桜を見に来たいと云いながらもその願いも叶わず逝ってしまった。

彼の願いを叶えたい思いで亡くなって半年後の春、この写真を持って出掛けた時の桜は今までになく綺麗に感じたのは気のせいだったのでしょうか?。

この、風の電話で亡くなった人に問いかける人達の殆どは『今、どこにいるの?』。

通ずるなら私も彼はどこにいるのかを訪ねたい・・・・・・・

2020年1月10日金曜日

間もなく喜寿

長寿祝いは60歳の還暦から始まり、70歳の古希、80歳の傘寿、90歳の卒寿など節目の年に行われます。

日本では60歳以降、節目となる年に長寿のお祝いをする風習があり、77歳を迎えた人には喜寿(きじゅ)祝いを行います。

私も早いもので間もなく喜寿(77才)を迎える事になります。

当の本人は老人とはほど遠いものと思っていますが、紛れもなくしっかり老人となっているようです。

【加齢は全て平等なり、しかし老いはさにあらず

今や人の寿命は100才の時代、これからは今まで拾い集めて来た【欲望】を一つづつ捨てながら老化(廊下)は走らずゆっくり歩いて行きたいと思っています。

元々運動が大好きで今でも妻と下手なスキーやゴルフ、小・中学校の同級生で離郷組と在郷組のゴルフ仲間が年2回(春・秋)集い、中間地の栃木県の温泉付ゴルフ場【紫塚ゴルフ倶楽部】に一泊して2プレーを楽しみ既に30回になりました。

紫塚ゴルフ倶楽部夜のホテル前
妻もこのゴルフ場が気に入って毎年末~年始にかけて打ち納め・打ち初めを今回で9年になり、動ける内正月はここで過ごす事にして、次回の正月も予約して帰宅。

スタッフの接待・お料理の良いことで評判となり、年々来場者が増えているようです。

今年、大晦日のお料理・・・・・
かに鍋
舟盛り
八寸
 一年の労をねぎらい妻はホテルが用意してくれた樽酒、飲めない私はノンアルで乾杯。

元日、ロビーには思考をこらした正月飾りが。

頌春
早朝から恒例の餅搗き、来場者全員に振る舞われました。

恒例の餅搗き
大晦日・元日とも汗ばむ程の好天に恵まれました。

マスター室前から望むコース
今年も5~6泊はする予定になっています。

学生時代バレーボールに没頭していた時の対戦相手、【国分 秀男氏】と長年お付き合いがあり、そのご縁で仕事としているミキグループ新年会(会場;郡山 ホテル はまつ)二班編成で行われます。

一班目(約600名)の講師としてご講演を頂く事になっています。

国分 秀男氏関連記事はこちらから

二班目にはハナちゃんの味噌汁で有名な父親の【安武 信吾氏】をお迎えする事になっています。