毎年松の内を過ぎた1月14日に正月飾りの札納めにここ【中野不動尊】に行っていましたが、節分(2月3日)が過ぎた今日、時期遅れの札納めに行って来ました。
遅れた理由は、年末近年にない大雪の雪掻きで腰を痛め、高い神棚の飾り物も外せず病院通いと温泉療養とで時期を逃してしまい、ようやく痛みも治まり歩ける様になり出掛けて来ました。
ぐるっとナビより
今までは牛蒡しめ縄でしたが、今回は鼓銅型しめ縄にしてみました。
一番高い鼓銅型しめ縄が外せず三日前まで残って・・・ |
以前にも書き添えた事もありますが、東北、関東、九州等多くの松の内は1月7日、関西地方を中心としたエリアは1月15日。
もともと松の内は、全国的に1月15日までだったのですが、江戸時代に明暦の大火(1657年:明暦3年1月18日~20日)が起きたあと、「燃えやすい松飾りを早く片付けるように」と幕府が1月7日までと定めた事だとか。
話は戻りますが、毎年外側の各お堂にお参りしてたのですが、今回は内側の隠れたお堂・尊仏にお参りして廻り、20年に一度の開帳、涅槃図も参拝する事も出来ました。
中野不動尊所蔵【涅槃図】 |
【涅槃図】
涅槃図とは、お釈迦様が入滅(お亡くなりになる事)した時の様子を描いたもので、お釈迦様が入滅されたことを(涅槃に入る)ということから、この絵を涅槃図といいます。
世の無常を暗示する真っ白な花を咲かせた、二本の沙羅の木の間に、お釈迦様は静かに横たわっておられます。
その傍らにお弟子達、信者達、様々な動物そして天神天人に至るまで、皆お釈迦様の入滅を嘆き悲しんでいますが、対照的にお釈迦様は、少し薄目をあけられた様子で、あたかもやさしく微笑んでおられるかのようです。
この時、お釈迦様は、決して亡くなられてしまった訳ではなく、完全なお悟りの境地に入られたのです。
何時ものコースと少し変え、安堵の窯を廻り麓から【かもしか亭】に通ずる階段を登ろうとした時、昨年まで危険な木製の階段だったのが、綺麗な石の階段に変わり、安全に登ることが出来ました。
修復の費用は全て多くの方々の寄付によるもので、私達もその寄付に申し入れをして来ました。
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