25年度、第一回 が6月23日(月)~7月5日(土)までの利用期間で、それを利用して6月24日(火)~28日(土)までの5日間、北海道の旅に。
ホッキョクグマも暑さに参っている様子 |
虎も |
国道237号を通り富良野市内へ出て、今夜の宿泊地【新富良野プリンスホテル】へ。
駐車場に車を停めて、ドラマ【優しい時間】のロケ地【森の時計】へ。
25年度、第一回 が6月23日(月)~7月5日(土)までの利用期間で、それを利用して6月24日(火)~28日(土)までの5日間、北海道の旅に。
ホッキョクグマも暑さに参っている様子 |
虎も |
国道237号を通り富良野市内へ出て、今夜の宿泊地【新富良野プリンスホテル】へ。
駐車場に車を停めて、ドラマ【優しい時間】のロケ地【森の時計】へ。
【就職列車(集団就職列車)】をあなたは知っていますか ?
就職列車とは、かって盛んに行われた集団就職で都会に出る若者を運んだ列車で、そんな集団就職の最初の事例となったのは、昭和10年3月に凶作に見舞われた東北地方の救済策として秋田県で実施されたものとされています。
高度成長期の昭和31年頃から46年頃まで盛んに、中学校を卒業したばかりの「金の卵」と称された、若者達が青森や熊本から親元を離れ、主に大阪・東京へと集団で就職先に向かう専用列車でした。
ホームには見送りの親や親戚の皆さんが集まり、我が子との別れに涙ぐみながら手を振り、車内の子供達はハンカチを手に泣き崩れる姿。
その時の映像を見る度、胸が詰まってしまいます。
私はその最盛期の昭和34年中学卒業でしたが、農家の長男坊で農家の働き手の一人としてその集団就職には加わる事はありませんでした。
就職が決まった同級生は不安と希望を秘めた笑顔が、今、思い出しても涙くんでしまいます。
中には受け入れ先の厳しさに耐えきれず、自ら命を絶つ者やその厳しさに耐え成功を手にした人と様々。
そんな中の昭和39年5月に発表された【あゝ上野駅】が空前のヒット曲となりました。
食道癌で失った父を受け継いで、今は娘の【工藤夕貴】さんが守り続けておられます。
因みにカラオケ大好きな方はご存じだと思いますが、数年前までは歌詞本の1ページの一番目に載っていましたが、今は新しい曲が続々出ており表示が変わっているようです。
集団就職を経験された方々は今、70才から80才位になっておられるでしょうか。
その方々のご苦労が、今の日本の石随となっていると言っても過言ではありませんね。
昨年7月、趣味の菜園に設置したニホンミツバチの巣箱に入居した群れが、無事冬越しをして4月18日分蜂の気配がしてきました。
その様子はこちら
繁殖シーズンは春で、春になると新しい女王蜂が生まれ、その後相手となる雄蜂も生まれてくるが、ハッキリは分かっていませんが大体5%位と云われています。
蜂と云えば刺すというイメージが強いですが、雄蜂は針を持っていないので刺すことはなく、目が大きいのは女王蜂を空中で見つけ交尾をするため目が発達しています。
雄蜂は女王蜂と交尾することだけが仕事で、群れの警備や花の蜜集めなどはせず、働き蜂から餌を貰って生きています。
春の群れには雄蜂は何百匹もいて、女王蜂の数より圧倒的に多いのですが、女王蜂は複数の雄蜂と交尾をするが、殆どの雄蜂は交尾をする事が出来ないのです。
交尾出来なかった雄蜂は繁殖期を過ぎて用無しとなり、働蜂によって殺されたり巣から追い出されそのままのたれ死んでしまいます。
雄蜂は一度交尾をすると死んでしまいます。
三寒四温の繰り返しで漸く当地にも本格的な春が到来。
手前からネギ・タマネギ・水仙・ほうれん草 |
集めた花粉は巣箱に |
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集合板に出来た蜂球 |