今年も残すところ僅かとなり、お店には所狭しとみかんが並んでいます。
| 我が家でも箱買い |
当地、東北では平坦な土地にリンゴ・梨・桃等は何処へ行っても見る事が出来ますが、みかん畑は見ることが出来ないので、車で何度も静岡・四国・小豆島などみかんの本場に出かけて、海沿いの段々畑にたわわに実っているみかんを見、地元のみかん園さんから直接譲って頂いた事がありました。
秋の夜長を家族揃って炬燵を囲み、みかんを食べて過ごしたのが見慣れた風景で、時代も様変わりした今、それぞれの過ごし方になっていても、数々の童謡だけはこれからも歌い継がれて行く事でしょう。
この季節になると必ず思い出すのは、童謡【みかんの花咲く丘】で、子供の頃意味も分からず口ずさんでいた童謡の一つです。
先日、その歌詞がどんな状況で生まれたのか、作詞家の【加藤省吾】の生涯をテレビで報じられていました。
特にその状況を感じさせられるのが三番の歌詞。
いつか来た丘 あさんと
一緒に眺めた あの島よ
今日もひとりで 見ていると
やさしい母さん 思われる
1942年7月11日、愛知県名古屋市で生まれ、幼少期に父親の経営する事業の失敗により離散。
静岡の海沿いのみかん畑で母親と海を眺めたのが、心の底に残っていたのが題材と聞く。
この童謡のみならず多くの作詞家は楽しかった事、辛かったこと、悲しかった事を題材とし、それに曲を付けた作曲家とのコラボが長く歌い続けられて来たのですね。
こちらの童謡【赤とんぼ】もその一つ。
作詞家は【三木露風】(みきろふう1889年生まれ)
兵庫県、現在のたつの市に、父・三木節次郎の長男として生まれ、5歳の時に両親が離婚し、母方の祖父母に引き取られて育てられる。
歌詞の意味
①夕焼け小焼の赤とんぼ 負われて見たのはいつの日かは。
負われて見たとは ⇒ 幼い頃、祖父母に雇われていた子守娘におんぶされて、赤とんぼをみた
のは何時だったのだろうか。
②山の畑の桑の実を 小籠に摘んだはまぼろしか。
山の畑で桑の実を摘んだ幼い頃の思い出は「まぼろしだったのか」
③十五でねえやは嫁に行き お里の便りも絶え果てた。
「ねいや」とは、三木露風の幼少期に子守として働いていた少女のことで、その彼女が十五で
- 嫁に行き、彼女からの連絡が途絶えてしまった。
赤とんぼが竿の先に止まっている様子で、大人になった露風が赤とんぼを見て、幼い頃
の思い出に浸っている情景とされている。
この童謡、あなたはどんな情景が見えて来るでしょうか?
これは戦争で離れ離れになった家族が、南方から帰還する父親の無事を祈る母子の様(さま)
歳を重ねるとあの時、優しい女先生が弾くオルガンの伴奏で、クラス仲間とツバメが餌をねだるが如く、大きな口を開けて歌った想い出が、無性に蘇って来るのは私だけでしょうか?

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