我が小さな会社の決算書作成が終わり思い立った様に、愛用のカメラを持って大型連休後半の今日曇り後雨の予報の中、磐梯吾妻スカイラインを通り・裏磐梯・喜多方・熱塩加納村・米沢を廻って来ました。
自宅を出る時のスカイラインは【雪うさぎ】がハッキリ見ていたが空は曇っていた。
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吾妻小富士と【雪うさぎ】 |
途中までは福島盆地が見えていたが、徐々に霧が深くなり全く見通しが悪くなって来た。
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福島盆地と市内に居座る信夫山 |
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枯れ木も山の賑わい |
残雪と新緑の磐梯吾妻スカイライン
極寒に耐えてなお成長する白樺。頑張っている姿は美しい。
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必ず訪れる春を信じて頑張る白樺
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ブナの古木 |
土湯峠を抜け五色沼を通り裏磐梯方面に、檜原湖を右に見て喜多方へと進み国重要文化財の長床(ながとこ)へ。
新宮熊野神社は源頼義・義家親子が紀州熊野から、熊野堂村(現河沼郡河東町)に勧請創建したのが始まりで、後に新宮の地へ移すよう命じこの地に遷座し、その拝殿として寛治3年建立。昭和38年に国の重要文化財に指定される。
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国重要文化財【長床】 |
ここには見事な大銀杏がそびえ立っていて、秋になると落ち葉が地面を敷き詰め黄色のジュウタンに。
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鳥居の左には大ケヤキ |
そこをあとに熱塩加納村へ。
この近辺は湯脈が多く至る所に温泉が噴き出し、熱塩温泉街を始めとして日帰り温泉が幾つかある。そして旧国鉄【日中線】が通っていたが昭和59年3月廃線となり、旧熱塩駅舎跡がその記念館となっている。
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旧熱塩駅舎【日中線記念館】 |
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改札口 |
当時の機関車・客車が展示されていて多くの親子連れで賑わっていました。
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客車内部 |
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ホーム側 |
【日中線】
栃木県今市市と山形県米沢市を結ぶ東北縦断鉄道、野岩羽線として計画される。野岩羽線の名称は下野(栃木県)岩代(福島県)羽前の国(山形県)一文字づつを取って命名。
喜多方と熱塩間11.6㎞が日中線として開通。さらに米沢まで計画されたが支那事変の激化・太平洋戦争の開戦により自然中止となる。そして全線開通しないまヽ昭和59年3月31日廃止となった。
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