2023年9月23日土曜日
2023年9月6日水曜日
ほりえ果樹園さんを訪ねて
縁あって福島県伊達市の果樹農家【ほりえ果樹園】様を訪問。
桃の季節はほぼ終了し今はブドウの収穫最盛期で、それが終わればリンゴと続きます。
| 広いお庭とご自宅 |
| 左 作業棟と右作業事務所 |
| 収穫を待つ巨峰 |
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| 箱詰め作業 |
2023年7月27日木曜日
趣味の畑(吾妻の雪うさぎ)カボチャ
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| 伸び放題の雑草 |
2023年7月26日水曜日
外気温41度と桃の出荷
その原因は私達人間が作り出し、自然破壊に繋がっています。
2023年7月9日日曜日
2023年7月8日土曜日
紫陽花寺・十和田湖・七夕さま
先日、テレビで男鹿半島北端にある紫陽花寺、【雲昌寺】今の様子が放映され是非行ってみたくて、2日(日)自宅を朝8時に出て、東北道・秋田道を通り薄曇りの午後3時前到着。
ホテルに入る前参拝。
広い境内に隙間なく咲いている紫陽花を一目見ようと、日曜日でもあり家族連れや若いカップルで賑わっていました。
ほのかな香りが漂う紫一色の花を愛でながら、幾重にも分かれる参道をカメラを片手に散策。
咲き誇る紫陽花の隙間から寒風山・日本海に突き出ている入道崎が見え隠れし、なんか得した様な気分。
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| 敷地内至る所に微笑ましいお地蔵さんが |
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| 誰が乗せてのか頭に紫陽花とお賽銭 |
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| ライトアップで薄紫色が一層鮮やかに |
遅め朝食を頂き、次の目的地十和田湖湖畔の【十和田プリンスホテル】へ。
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| 用意されていた手回しのミルとドリップ |
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| 夜のホテル前庭 |
敷地は広大で前庭は全面芝が張りめぐらされ、そこからは十和田湖が一望出来て、紅葉時期の光景が浮かんで来ました。
2023年5月24日水曜日
日本生命【稲見 萠寧】カップ2023
5月17日、【稲見 萠寧】カップ2023 全国大会第一回福島支社予選に参加しました。
会場は【安達太良カントリークラブ】で46名の参加。
競技方法はWペリア(12H)、新緑の綺麗な青空の下INとOUTに別れてのスタート。
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13番(IN)、惜しくもイーグルパットを外してバーディ |
2023年5月23日火曜日
世紀の映像(独ソ戦争)を見て
世界各地であってはならない争いが報じられ、特にウクライナに侵攻したロシアとの争いは多くの犠牲者を出しながら終わりが見えていない。
そんな折、5月22日、世紀の映像(独ソ戦争)を見て何故としか云いようがない。
ドイツとソビエトは互いに【不可侵条約】を結び、開戦前日まで助け合っていた両国。
しかし1941年突然ヒトラーが奇襲を仕掛け、対するスターリンは全人民を動員徹底的に抗戦した。
今やプーチン大統領がウクライナ侵攻の拠り所とする独ソ戦争。
その独ソ戦争で日本総人口の1/4(三千万人)に値する犠牲者が出てしまった。
ソ連軍は対戦車兵器の欠如により、絶望的な状況に陥ったため高度に訓練された軍用犬を敵の撃破に用えた。
対戦車犬は体に据え付けられた爆発物約12キログラムを運んで敵の戦車の下に潜り込むよう訓練されていて、長いレバーが標的に触ると爆発するように出来ていた。
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| 自国の戦車を使って訓練している様子 |
訓練は何日も餌を与えず、戦車の下に肉を置いてどの戦車の下にも餌があること覚えさせた。
しかし失敗もあったようだ。
それは自国(ソビエト)の戦車はディーゼルエンジンで、ドイツ戦車はガソリンエンジンだったため、その匂いに惑わされたとか?
戦略を変え訓練を再開して、1941年末まで1000匹の犬が前線で戦い、翌年はその数2000匹を超えた。
戦車に向かって行く犬が食事にありつける喜びの様子が放映され、そのを見て犬好きの私は眠れないまま朝を迎えてしまいました。
1945年5月9日、その戦いはソビエトの勝利で終わった。
文中の写真、文言の一部はネットから引用させて頂きました。
2023年5月16日火曜日
傘寿(さんじゅ)
「傘」は、略字で書くと「仐」となり、これを分解すると「八十」 に見えることから、80才の長寿祝いを「傘寿」と呼ぶようになったとか。
傘寿は「八十寿(やそじゅ)」ということもあります。
私も4月、この「傘寿」を迎えました。
長男はまもなく喜寿を迎えるのと、妻と嫁さんの誕生日は3月でもあり、今回のお祝い会でした。
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| 三ノ倉スキー場菜の花畑 |
そこから更に移動して山形県長井市の【白つつじ公園】へ。
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| 山形県長井市【白つつじ公園】 |
人間万事寒翁が馬
中国の北の国境に住む老人(寒翁)はよく占いをしていました。
彼の飼っていた馬が胡の国へ逃げてしまい、皆が慰めたが老人はそれを幸運の訪れと予言し、その通り後にその馬は胡国からりっぱな馬を連れて帰ってきた。
皆が祝福すると、老人はこれを不運の兆しだという。
実際、その後、老人の子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまう。
そこで皆が慰めると、今度はこれが幸運の兆しだという。
息子は怪我のために、戦争に行けずにすむのである。
人生は良いことも悪い事も予測は出来ず、幸せが不孝に不孝が幸せにいつ転じるか分からないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないという例えです。
人生において何が良くて、何が悪いのかは後になってみないと分かりませんよね!!
そんな事、皆さんの身近に起こり、感じた事はありませんでしたか?








































