2026年9月15日火曜日

祝、2026アジア選手権男子バレーボール優勝

オリンピック出場をかける2026アジア選手権バレーボルで男子が優勝し、オリンピック出場が決まった。

二年後のロスオリンピックが楽しみです。

過去のオリンピック男子         女子
1964年、東京オリンピック  銅メダル    1964年、東京オリンピック 金メダル
1968年、メキシコシティ   銀メダル    1668年、メキシコシティ   銅メダル
1972年、ミュンヘン    金メダル     1972年、ミュンヘン     銅メダル
1976年、モントリオール  4位         1976年、モントリオール   金メダル
                       1984年、ロサンゼルス    銅メダル
その後、男女とも低迷。

女子は惜しくもオリンピックの出場は叶わなかったが、その強さは証明でいたと云えるでしょう。

予選ランドの結果
   日本3ー1オマーン
   日本3ー0バーレーン
   日本3ー0オーストラリヤ

決勝ランドの結果

惜しくもオリンピック出場は出来なかった、インドの名匠が涙ながら感謝の気持ちを伝えてくれました。

スポーツは戦いの時は敵味方の争いであっても、以外は深い友情に包まれ、人としての思いやりに涙してしまいます。

改めて国と国の争いに巻き込まれない事を願うのみです。

私も学生時代はバレーボールに勤しみ、厳しい練習に耐えインターハイ全国大会・国体・全日本選手権を経験しました。

バレーボールに携わった事がある方は、39歳の若さでこの世を去った日本バレーボール界の名セッター:猫田 勝敏氏(1944年2月1日生まれ)の事は記憶にあると思います。

彼は私より一歳年下で早生まれのため、学年は一緒で天井サーブを生み出し話題になりました。

前記した様に東京オリンピック・メキシコオリンピックでは金メダルは逃したものの、1972年、ミュンヘンオリンピックで念願金メダルを獲得。

盟友の大古誠司は全盛期、全日本が負けると『セッターの猫田の責任だ』とマスコミに叩かれ、大勝すると『攻撃陣大活躍』という活字が新聞に踊ったが、当時のメンバーだけは知っていて、負けたのは全部アタッカーのミスで、勝った試合は全部猫田のトスのおかげだと語る。

大古 誠司(1948年2月15日生まれ)
彼の代名詞は『世界の大砲』と証されスパイクのボールが、床に当たり破裂した程の強烈なスパイカーでした。

バレーボールのルールは以前と様変わりはしているものの基本は変わらず、セッターに如何に正確なボールを返すかで、それによりアタッカーはブロックをかわし、相手のコートに打ち込事で、今回のセッター深津英臣選手(36歳)、見ていて安心出来る程正確なトスを上げていて勝利に貢献したと思います。


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